光り輝くあしたへ
昨日、斂葬(れんそう)の儀が執り行われた三笠宮寛仁親王殿下といえば
私にとってはやはり福祉に尽力された宮様です。
しかし、施しの福祉ではない。
「障がい者と健常者は50:50」
「完全な健常者なんていない」の発言に
ハンディキャッパーの息子を持つ母としては
「なるほど」と鼓舞されたことも多々。
ご冥福をお祈りいたします。
ここ2ヶ月の間、ハンディキャッパーの親としては
興味深いニュースが並びました。
5月4日「愛情不足で発達障害? 維新条例案に反発相次ぐ」
「まったく科学的でない」と橋下氏は撤回させたとのコトでしたが
このような「主観的真実」を持つ人が行政に携わっているんだなぁ~と思いました。
就労させ、「毎日元気に働くオトナ」になった息子の姿があるからこそ
そんな余裕のある見方ができましたが、
現在、何かしらの発達障がいを持っている
小さな子をもつ親御さんの気持ちを思うとやるせなくなりました。
こういうこと条例案に載せることが世の全体最適につながると
思う、思えてしまう「思考」を持つ人がいることを見ても
「完全な、完璧な健常者はいない」を実感します。
6月3日「東尾理子の告白にダウン症の子を持つ松野明美が複雑胸中吐露」
これは、東尾さんが検査をしたら1/82の確率でダウン症になる可能性があることを
ブログで報告をしたことで、たとえ、ダウン症の子が産まれたとしても
よろこんで受け入れる覚悟をしたその決意表明を応援する方々もいれば
もし、産まれた子がダウン症じゃなかったら
「よかったね~」とでも言うのだろうか?と訝しく思う方々もいるという事態になりました。
・出産前に可能性について言及すること。
・可能性を公言する必要が有るかを疑問視する声
・・・私は、どちらも理解できます。
ただ、個人的には確かに松野さんの気持ちにアクセスしちゃいます。
共に感じる。これぞ共感。
「ウチの子は障がいを持ってなくてよかった~」と
健常なる幸せを再確認するための素材にされることは
これまた、日常生活、何気ないコミュニケーションの中で多々あります。
その瞬間は正直反応として「怒り」と共になんともいえない「悲しみ」を感じますが
私にとっては、心からの「自慢の息子」だからこそ
できるだけ涼しい顔で「そうだね~」と返します。
こんなときも
「障がい者と健常者は50:50」「完全な、完璧なる健常者はいない」
という言葉を思い出します。
この頃息子の話をできるだけ積極的にしようと思うのは
「私の場合はこうだったよ」と伝えることが
誰かの励みになるということもあると実感、知ることも多くなったからです。
6歳~18歳・学校卒業までのライフビジョンは、
なんとなく学校での関わり
福祉事務所の方との関わりを積極的にすることで
見通しが立つものですが
親として気がかりなのはその先の将来。
今は守ることはできても、順番的に
自分のほうが先に老いるし先に死ぬ
ずっと一生守り続けることができないとしたら
自分が死んだ後も、自分で生きていくチカラをつけさせたい。
そう思うのが親心。
しかしそんなこと出来るのだろうか?
うちの子どもは
●も出来ない。
○も出来ないのに・・・。
不安がいっぱいだと思います。
私も、子どもが保育園時代、小学生のときは
不安も大きかったです。
よくわからないながらも、多方面で情報を集めると
その先をイメージすることが出来るようになりました。
少しずつでも良いので
いろんな情報を集められるといいと思います。
どうしたら、情報が集められるのか?
今はインターネットもホントウに便利になったし
いろんな本も沢山出てます。
就労イメージに役立つ、おすすめの本があるのでご紹介
ドラマ化もされた「光とともに・・・」
作者の戸部けいこ先生の急逝により
中学生の光くんの話で終わってしまいました。
学校が終わってからのことも書きたかったに違いない
戸部先生の遺志を継いで、友人の河崎芽衣先生が描いた
就労3つのストーリーです。
一人ひとりのもつ特性が違うのですが
親が、一つでも多くの情報を入れて指標にしていく姿勢は
子どもの自立のためにとても大切なこと思います。
機会があったら積極的に
私自身の経験もこれからも伝えていければと考えています。
というわけで、
Hello Dreamのfor Smile in Tokyoの講座
2012年6月30日(土) 10:00~16:30
担当講師をさせていただきます。
参加の対象となる方々は是非~♪
私にとってはやはり福祉に尽力された宮様です。
しかし、施しの福祉ではない。
「障がい者と健常者は50:50」
「完全な健常者なんていない」の発言に
ハンディキャッパーの息子を持つ母としては
「なるほど」と鼓舞されたことも多々。
ご冥福をお祈りいたします。
ここ2ヶ月の間、ハンディキャッパーの親としては
興味深いニュースが並びました。
5月4日「愛情不足で発達障害? 維新条例案に反発相次ぐ」
「まったく科学的でない」と橋下氏は撤回させたとのコトでしたが
このような「主観的真実」を持つ人が行政に携わっているんだなぁ~と思いました。
就労させ、「毎日元気に働くオトナ」になった息子の姿があるからこそ
そんな余裕のある見方ができましたが、
現在、何かしらの発達障がいを持っている
小さな子をもつ親御さんの気持ちを思うとやるせなくなりました。
こういうこと条例案に載せることが世の全体最適につながると
思う、思えてしまう「思考」を持つ人がいることを見ても
「完全な、完璧な健常者はいない」を実感します。
6月3日「東尾理子の告白にダウン症の子を持つ松野明美が複雑胸中吐露」
これは、東尾さんが検査をしたら1/82の確率でダウン症になる可能性があることを
ブログで報告をしたことで、たとえ、ダウン症の子が産まれたとしても
よろこんで受け入れる覚悟をしたその決意表明を応援する方々もいれば
もし、産まれた子がダウン症じゃなかったら
「よかったね~」とでも言うのだろうか?と訝しく思う方々もいるという事態になりました。
・出産前に可能性について言及すること。
・可能性を公言する必要が有るかを疑問視する声
・・・私は、どちらも理解できます。
ただ、個人的には確かに松野さんの気持ちにアクセスしちゃいます。
共に感じる。これぞ共感。
「ウチの子は障がいを持ってなくてよかった~」と
健常なる幸せを再確認するための素材にされることは
これまた、日常生活、何気ないコミュニケーションの中で多々あります。
その瞬間は正直反応として「怒り」と共になんともいえない「悲しみ」を感じますが
私にとっては、心からの「自慢の息子」だからこそ
できるだけ涼しい顔で「そうだね~」と返します。
こんなときも
「障がい者と健常者は50:50」「完全な、完璧なる健常者はいない」
という言葉を思い出します。
この頃息子の話をできるだけ積極的にしようと思うのは
「私の場合はこうだったよ」と伝えることが
誰かの励みになるということもあると実感、知ることも多くなったからです。
6歳~18歳・学校卒業までのライフビジョンは、
なんとなく学校での関わり
福祉事務所の方との関わりを積極的にすることで
見通しが立つものですが
親として気がかりなのはその先の将来。
今は守ることはできても、順番的に
自分のほうが先に老いるし先に死ぬ
ずっと一生守り続けることができないとしたら
自分が死んだ後も、自分で生きていくチカラをつけさせたい。
そう思うのが親心。
しかしそんなこと出来るのだろうか?
うちの子どもは
●も出来ない。
○も出来ないのに・・・。
不安がいっぱいだと思います。
私も、子どもが保育園時代、小学生のときは
不安も大きかったです。
よくわからないながらも、多方面で情報を集めると
その先をイメージすることが出来るようになりました。
少しずつでも良いので
いろんな情報を集められるといいと思います。
どうしたら、情報が集められるのか?
今はインターネットもホントウに便利になったし
いろんな本も沢山出てます。
就労イメージに役立つ、おすすめの本があるのでご紹介
ドラマ化もされた「光とともに・・・」
作者の戸部けいこ先生の急逝により
中学生の光くんの話で終わってしまいました。
学校が終わってからのことも書きたかったに違いない
戸部先生の遺志を継いで、友人の河崎芽衣先生が描いた
就労3つのストーリーです。
一人ひとりのもつ特性が違うのですが
親が、一つでも多くの情報を入れて指標にしていく姿勢は
子どもの自立のためにとても大切なこと思います。
機会があったら積極的に
私自身の経験もこれからも伝えていければと考えています。
というわけで、
Hello Dreamのfor Smile in Tokyoの講座
2012年6月30日(土) 10:00~16:30
担当講師をさせていただきます。
参加の対象となる方々は是非~♪